腕の中で、一人の少年が寝ている。

可愛い寝顔をして、安心しきった様子で眠っている。

思わず悪戯をしたくなるような寝顔だ。


「うー・・・うぅ・・・」


頬を触ると、小さく唸ってまた安心して眠る。


「・・・ロラン、」


その名を呼ぶと、まだ眠いと言わんばかりの眼が開く。

こしこし、と目をこすり、ロランは大きな欠伸を一つする。


「ファントム・・・?あれ、ボク・・・眠ってしまったんですか?」

「うん、疲れてたんだと思う」


先程眠りにつく前まで、ロランは戦いに行っていた。

一人で、という訳ではないが、ナイトクラスは彼しか向かわせていなかった。

自分より弱い兵を守ろうとするタイプは、チェスでもかなり珍しかった。

その珍しい者の中にロランは入っていた。

命を重んじ、人殺しを好まない人殺しー・・・。

それが彼だった。


「仕方がないよ」

「そんなこと・・・ないです」

「ナイト一人が、雑魚たくさん引き連れて行ったんだよ?

 雑魚を気にかけなきゃいいのに。キミはいつも守ってあげているからね」

「だって、人間ですよ?」

「・・・そうかも、ね」


ファントムは曖昧な返事をした。

ロランは納得できないような顔をして、ファントムに尋ねた。


「ファントムは、人の命を軽いものだと思っているのですか?」

「・・・どうかな」

「じゃあ・・・・・・・。

 ボクのことも、そんな気持ちで助けたのですね・・・」

「・・・ロラン」

「いいです、御免なさい。今は・・・貴方といたくない」


珍しくファントムを拒むと、ロランはファントムに背を向けた。

そして駆け足でファントムの部屋から出て行ってしまった。


「馬鹿だな、ボク・・・」


そんなんじゃなかったのに、とファントムは呟いた。







「痛っ!? ・・・どうしたんですか、らしくないですね」

「・・・~っ」


その頃。

部屋から飛び出したロランはロコとぶつかっていた。

額をおさえ、ロランとロコは互いに痛みを堪える。


「どうしたんですか?泣いて。貴方らしくないですよ、ロラン」

「・・・ボクだって・・・我慢できなくなりますよ」


明らかに拗ねている様子のロランの頭を、ロコはよしよし、と撫でた。


「ろ、ろこ?」

「ファントムと喧嘩ですか」

「・・・・・」

「図星ですか」


はぁ、とロコは呆れた様子を露骨に見せる。

それにロランはただ涙を堪えていた。


「だって・・・ファントム、本当はあんなに酷い人じゃないのに・・・。

 なのに、ですよ?人の命を軽く思ってるんだな、って思ったら、きっとボクのことも・・・」

「ファントムはチェスの司令塔ですよ。人の命を大切だと思えばやっていけません」

「でも・・・」

「それに、ファントムは全然素直じゃありません」

「・・・?」

「今の貴方を見て、一番辛いのは誰です?」


二人の会話をしている場所は、未だにファントムの部屋の前。

ロランはちらっ、とそちらに目をやる。

ファントムが出てくる気配はなかった。


「ロコ」

「何でしょう」

「ありがとうございます」

「ロコは何もしていません。貴方自身の行動です」


ロランの瞳から、あの涙は消えていた。

ただ輝かしい光がロランを照らしているだけだ。

ロランは彼の名を呼びながら、部屋へ入っていった。


「やれやれ・・・困った二人ですね」


誰にも聞こえることなく、ロコの声は廊下に響いた。









「失礼、します」

「ロラン?」


明らかに不機嫌なファントムの声に、ロランは一瞬たじろぐ。

しかし決意したかのように、ファントムへと向かっていった。


「何の用、かな?」

「あのっ・・・先程は御免なさい・・・ボク、どうかしてました・・・」

「いいんだ。ねぇ、ロラン・・・」


ロランは自分に向けられた視線を直接見ることが出来なかった。

それは自分の愚かさを恥じていたからだった。


「怒ってる?」

「え、何故・・・」

「怒ってもいいよ、でも、聞いて」


ファントムの真剣な眼差しから、今度は目を背けることが出来なかった。


「キミを助けたのは・・・正直、最初は使えそうだったから。

 でも、次第にそれは薄れていった。なんでだと思う?」

「・・・さあ」


使えそうだったから、という語に、ロランは必死に理性を押し通す。


「ロランは本当に・・・いい子だよ。

 ボクを疑わないし、ね。それに、ボクの大切な子だ」

「・・・え」

「御免ね、さっきは」


ファントムの優しい微笑みに、思わずロランは涙を流す。


「ふえぇ・・・ファントムの馬鹿あぁ~・・・」

「何とでも言いなよ」


また、ファントムの腕の中でロランは眠るのだろう。

それまでずっとここで泣かせておこう、とファントムは思った。


今度は、喧嘩をしないように。


「ありがとう、ロコ」


既に誰もいない扉に向かって、ファントムはただ一人礼を言った。




end












 悠さんからの相互お礼で、ファンロラ小説を頂きました!
 
 相互も、そして素敵な小説も、ありがとうございます!
 これからもどうぞよろしくお願いします><